Explore over the space-time
Introducing Japanese history by bicycles, old maps and fantasies
ラベル
世田谷区の古道
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
ラベル
世田谷区の古道
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
2013年11月23日土曜日
Aciant Road in Setagaya, Odakyu Line of Odakyu Electric Railway / 世田谷区の古道、小田急線
›
今日はいつもと違うお話をご紹介したいと思ってます。 天子南面 と、いう言葉はご存知でしょうか? 『天子』とは、皇帝、天皇など、つまり王様の意味。南面はそのまま、南を向くという意味です。つまり、王様は南を向くという意味です。 これは、北の空で全く動かない唯一の星、北...
2013年8月26日月曜日
Ancient Road in Setagaya ward, Flower Viewing Road at Kami-kitazawa / 世田谷区の古道、上北沢花見の道
›
最近、世田谷区の古道探険もネタが尽きて来ました。私の場合、週末のジョギングかサイクリングのついでに探険する(と、言うか、毎回同じ所を走るというのは飽きっぽい私には無理で、この古道探険がジョギング・サイクリングを続けられている最大の要因)ので、毎週末、さぁ行こうかと思い立ってからジ...
2013年6月29日土曜日
Ancient Road in Setagaya ward, Tako-saka & Handa-saka / 世田谷区の古道、凧坂・半田坂
›
以前 、世田谷区には縦のラインがあまりなく、環七と環八があるだけで、しかし、共に、新しい道だと思われていたが、環七は殆ど古道を踏襲しているということを記事にしました。 しかし、正確にいうと、実は、まだあったんです。しかも古道で。 それが、今回探検する、凧坂と半田坂...
2013年6月22日土曜日
Ancient Road in Setagaya, Old Ringroad 7 / 世田谷区の古道、環七
›
世田谷に引っ越してきて思うのは、縦のラインが無いということだ。 『無い』というと言い過ぎだが、地図を見て、あると思って走ってみても、道が狭かったり、一通だったり。 これは結局、今の道の多くが江戸時代の道をベースとしていて、江戸城を中心に放射線状に広がっているからだ...
2013年2月6日水曜日
Acient Road in Setagaya ward, Shinagawa-michi / 世田谷区の古道、品川道
›
鳥越川は、城山小学校付近に架かる品川橋 世田谷に、何故、『品川』か。 『品川』、『歴史』というと、家康が整備した東海道は江戸より最初の宿、品川宿を思い浮かべる人が多いだろう。が、品川の歴史はそれよりもっと古い。 品川湊は、律令下の武蔵国の外港だった。品川と武蔵国国...
2013年1月20日日曜日
Acuent Road in Setagaya ward, Kamakura-michi / 世田谷区の古道、鎌倉道
›
碑文谷公園西に位置する鎌倉道 東ルート 頼朝挙兵の際、義経が平泉から馳せ参じた道であり、 壇ノ浦の後、頼朝が奥州征伐で平泉に向かった道。 鎌倉道というと、鎌倉時代に、御家人たちが、『イザ、鎌倉!』と、それぞれの領地から鎌倉に馳せ参じた道だ。 世田谷には、鎌倉道に...
2 件のコメント:
2012年12月27日木曜日
Acient Road in Setagaya ward, Rokugou-Tanashi-michi / 世田谷区の古道、六郷田無道
›
より大きな地図で 六郷田無道 を表示 六郷田無道とは、その名の通り、六郷と田無を結ぶ道だ。 しかし、何故、田無と六郷を結ばなければならなかったのか、それが分からない。 例えば行徳道は、行徳が戦に欠かせない塩の産地だったので、江戸と行徳を結ぶ道を整備した。 田無...
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示